What is “media art”?

mixi内でかいていた日記&コメント(一部改訂)をうつしました(05.03.03)

昨日渋谷のブックファーストにて雑誌2冊購入
ART iT今季号と装苑1月号(バックナンバー)

装苑は美容室で読んで、伊東豊雄(建築家)のインタビューがかなり刺激的だったから。保存用。
ART iTメディアアート特集だったので。
メディアアートって何だ?」
まだその特集記事半分くらいしか読んでないけど、面白い。
最近やっとちょっとわかってきた気がする。大学3年生間近にしてやっと入門?('▽')
あれはわかればわかるほど色々考えるところ多くなる。身体および知覚へのアプローチ。
身体文化論のレポートは結局メディア論になったし。
お勉強頑張りましょう。

伊東豊雄はねー、あのインタビュー記事だけでもかなり惹かれます。彼をもっと知りたいと思う。
まずはせんだいメディアテークに行きたい。一人でふらっと行ってこようか。
あとICCのアート・ミーツ・メディア展と文化庁メディア芸術祭も行ってこよう。アーキラボもいく!

ということで今日から春休みだ〜い!わ〜い!
でもまだレポ1つ出してない。1週間以上遅れ。

2005年01月27日
23:25
W

うらやましいです!
私あさってからテストなんですよ・・!くそぅ

2005年01月27日
23:27
canon

がんばりや〜 終わったらそのうち集まりますから。

2005年01月28日
01:19
S

cannon さん、こんばんは。

人間が、人間の脳みそが食べるものは情報だ、と、おもいはじめ、そしてたいていの商売はネットでできるような時代になったとき、ふと、その前代未聞の環境(の異様さ)を再考しはじめ、そして目と脳みその時代に取り残された 身体 に関心が向きはじめたんでしょうね。

このあいだぼくは、手がものすごくちいさい(姿勢の悪い)若い女性に遭遇して、つい、その手のちいささとその手がいかにも使われていない様子、そして その人の精神の不安定との相関関係を考えてしまいました。

それはともかく・・・立ち姿の美しい人がいいですね、姿勢は背筋、胸筋、腹筋のバランスで、考えてみれば、人間もまたひとりひとり<ちいさな建築>なんですね。

2005年01月28日
04:00
canon

前にレポートを書くためにE.ホールの「かくれた次元」を読んだのですが、あれは30年前くらいに書かれたものなのに、そこに書いてあること(都市の身体感覚とか)があまりにもリアルだったので衝撃を受けました。
近代化から生まれた<都市>が生み出した新しい身体のあり方と、それがいかにそれまでのプリミティブな身体と異相をなしているか、ということをそれまで意識していなかったので、あの本を読んでから、空間×都市×身体×メディアについての興味が深くなりました。
そして建築も身体なくしてありえませんからねー。その辺をもっと色々勉強したいなぁと思っているところです。普段接する機会の多い劇場にも色々応用できることがあるのも楽しいです。
身体と自己の確立っていうテーマも面白いですよね。予備校の現代文の授業でそういった話があってすごく刺激的だったのを覚えています。

2005年01月28日
04:47
S

cannon さんへ

30年まえと言えば、いまおもえば、先進国のリーディング産業が鉄鋼や造船から、ソフト〜サーヴィス産業へと入れ替わる時期ですね。当時、都市論が流行ったことも、象徴的なことだったのかもしれませんね。

日本はむかしは単位が尺でした、一尺が約30センチ。一間が六尺、約180センチ。それが「着物から建築まで」共通した(!)基本単位。たとえば鴨居の幅(襖二枚分)とか・・・。ちなみに畳一畳は180センチ×90センチ。2枚並べれば、180センチ×180センチの正方形、すなわち六尺×六尺、これが一坪の単位でした。他方、西洋には、こういった便利な基準がなかったので、20世紀にモダニストたる建築家ル・コルビュジエが、ひとりで独自に、身体から発想した、サイズの基本単位を考案し提唱したりしたものでした。

日本は靴脱ぎの、座り空間、そして田植えの文化とともに長くありました。たとえば舞踏( BUTO ) は、そういった<アジアの身体>を見つめ、表現にまで高めていったのかもしれませんね。



2005年01月28日
05:20
canon

へぇ〜!色々、知らないことばかりでとても勉強になります!ありがとうございますm(_ _)m
30年前には都市論が流行ったのですね。私は劇場運営の会社でアルバイトしているんですが、そこの社長がもう何十年もあらゆるかたちで「場」を創ってきた方なんです。その方が「都市」というものを劇場論においてもキーワードとしていて、色々と考えを発展させていくことで新しい「場」とそのアプローチ方法を考えていったそうです。
なので私も都市論を勉強しようと思ってます。まずは吉本隆明の都市論集を読んでみようかと。

コルビュジエ、名前だけはよく聞くのですがいまいちどんな人なのか知らなかったのですが、そういう偉業をなしとげた(?)人だったのですね!今度もう少し色々調べてみます。とりあえずコミュに入ろう。w

そう、さっきのコメントで舞踏のことについても触れようかとおもっていたところです!土方巽の田植えからくるトラウマ的身体感覚、そして「命がけでつったった死体」。舞踏を見ているともうなんとも言い難い精神的・身体的感動を覚えるんですよね。逆説的な生命謳歌というか。
垂直の芸術・バレエの完成された美しさと、舞踏の神秘的で官能的な美しさ、両方に魅了されています。そしてその両者を取り入れたコンテンポラリー・ダンスの可能性がもっともっと開けてきたら面白いですね!


Sさんの書かれる文章、心のダンスが見えるようでとても素敵ですね。
食材に対する愛情表現とその比喩がエロティックでどきどきします。笑

2005年01月28日
08:58
S

コルビュジエについてはこちら・・・市川智子『愛と哀しみのル・コルビュジエ』・・・をご覧ください。ぼくが編集責任をもってオススメします。まだ連載途上ですが・・・。

http://www.h5.dion.ne.jp/~sujaku/itikawa/c-0.html

>両者を取り入れたコンテンポラリー・ダンスの可能性がもっともっと開けてきたら面白いですね!

そうそう、ぼくもどのジャンルについてもよくそんなことをおもいます、たとえば邦楽を西洋音楽に招いた武満徹、はたまたフレンチの態度で、和食をwashokuに仕上げたノブ・マツヒサ・・・。

えーと、ぼくのミクシイはあんなふうなんですけど、ぜひ、canon さん、なにか心にひかかったものがあったときには、感想や連想などコメントしてくださいな。